全ては、最高最善のタイミングでやってくる

広島市でつばさ整骨院を営んでいます。50,000件の臨床試験、そして宇宙とのコンタクトから紐解く心とからだの不思議を綴ります。

【転載】津留晃一さん『問題解決』

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津留晃一さんのメッセージをシェアしたいと思います。

 

問題解決

 

 

完璧なペースで、今、地球の波動は変わりつつあるようです。準備の整った方々には、問題がモーレツな勢いで次々と押し寄せてきていることでしょう。やって来る問題の原因は、人それぞれに複雑で多岐にわたり、一般論として話したところで、なかなか本人の納得のいくところとはなりません。ですが、それを良きものとして捉えられる人は幸せな人です。


問題が現れた時の態度として、まずそれを「解決しようとしない」という心構えを第一に挙げたいと思います。もちろん「するな」という事ではありません。ささいな問題も放っておいたら、向き合わずにはいられない状態が必ずやってきますから。出来ることならどうぞ早め早めに解決して下さい。このニュアンスをうまく伝えられると良いのですが、何であれ「しよう」と行為することはうまくいきません。
 

単純なところからお話しすれば、「出来る」と思い込んでいる事だけが出来るからです。疑いの心が入ったとたん、出来ていた事も、出来なくなります。出来なかった事も出来るのだと思い込めた瞬間、出来るようになるからです。壁の向こうを透視しようといくら力んでも出来ないのに、ただ見たとき、見える事が何度かありました。
 

「しよう」、「しよう」、と働いているのは自我である、という事を知って下さい。この事を今はっきりと自覚して下さい。自我には現象化そのものの力はありません。現象化の力は宇宙(大いなる我)に所属しています。ちょっと考えてみて下さい。当たり前に出来る事に「しよう、しよう」という思いを働かせることはありません。「深呼吸しよう」と思った時の感覚と「壁の向こうを透視しよう」と思った時の感覚の違いに気付いてみて下さい。出来ると信じている事をしようと思ったときの心の働きと、出来ないかもしれないと思っていることをしようと思っているときの心の働きは、全く異なったものです。現段階の人間にはこの違いをわかる必要がなかった為に、本来違う働きのものに同じ言葉が使われています。まずその違いをぜひ自分で自覚してみて下さい。そしてその違いに自分で区別がつくならば、それぞれを別の言葉で表現してみる事をお薦めします。


「しよう、しよう」と頑張ろうとするのは「出来ないかもしれない」と疑っているに他なりません。ですからあなたが「しよう、しよう」としている事は出来ないのです。さいころの6の目を出そうと想念を傾ければ、その目が出る確率が上がってくることは既に知られていることですが、せいぜいその場合の増加確率は1%とか2%に過ぎません。想念の力の使い方を根本的に誤っています。片方で出来ないと信じたまま、6を出すぞ、6を出すぞと頑張っているのですから。りきんでいる人は、出来ないと思い込んでいる人です。単にさいころの目は自分の思い通りに出せるのだと信じ込めた人は一挙にその確率が8割9割と増えてしまう事でしょう。

 

よし、その方向でやってみようと思われたあなたに申し上げますが、その想念の力の働かせ方を、さいころの目なんかではなく、どうぞ自分の幸せに直接試される事をお薦めします。「ああ、そうか私は自分を幸せにする事が出来るのだ」と、「これまでは彼があんな人だから自分の人生は台無しだと思っていたけど、私は自分の力で自分を幸せにすることが出来るのだ」と、是非そんな心の使い方をこそお薦めします。

 

人は自分にとって都合の悪いことほど頑張って「しよう」とします。都合の悪いことほど「出来なかったら」という恐れの思いが強くなり、その思いに比例して頑張ります。頑張って改善されることはほんの数%、たいした違いはありません。「もういい、どうにでもなれ」と開き直ったときに事が急に好転し始めたという話を何度か聞いたことがあるはずです。「しよう、しよう」と自我が働かなくなるからです。

 

人は苦しいから問題を解決「しよう」とします。実は苦しいのは、問題を解決しようとしているからなのです。逆なのです。もう一度繰り返しますが、苦しんでいる理由は問題を解決しようとしているからなのです。人はこんな単純なパラドックスに、なかなか気付けません。今、想念観察日記をつけている人がいるとして、その人が10年後、その日記を読み返したとき「エー、自分はこんな馬鹿みたいな事を悩んでいたのか」ときっと驚きを体験するはずです。

 

「解決しないと困る」と単に思い込んでいるからです。ですから「問題は解決なんかしなくて良いのだ」と思い込めた人は、とても楽な人生になります。ですから問題の方が消えていきます。そしてこの事はやってみなければ本当かどうかわかりません。「本当だろうか」と考え始める前に、やってみて下さい。考えたからといって何も変わりません。あなたがどんなに考えてみても事態は変わりません。ところが考え方が変わったら事態は急変します。「そう考えを変えたらどうなるのだろうか」と考え始めている人も、その考えを進める前にまず実行してみて下さい。「なんだ、そうなのか」と単純に。「そうしたらどうなるの」と質問を発する前に。

 

現に苦しんでいる人が目の前にいて、ましてやそのきっかけが自分であるとしたら、「何とかしたい」というおもいが上がってくるのは当然です。私達は今、人間としてここにいるのですから。こんな時こそ「自分はどうありたいか」ありたい自分でいようとして下さい。こんな時こそ、「どう解決するか」ではなくて「今、私はどんな自分でいたいのか」に意識を合わせていって下さい。こんな時こそあなたが本来の自分に目覚めるチャンスです。

 

そんな時「これで良い、これで良い」と言い聞かせている自分がいるかもしれません。そんな「良い、悪い」の世界から出て下さい。そして「私は愛である」という意識の位置に戻ります。あなたはそこにいて愛を取り戻し、愛を感じて下さい。愛を表現するものとしてそこにいて下さい。それがあなたが今ここにいるということです。今、ここにいて、愛を体現するという事です。

 

「解決しよう」とする行為に没頭する事は、もちろんとても興味深い面白いゲームです。だからといってこのゲームの中で誰かを傷つける必要はありません。ゲームに勝つことがあなたの目的なのか、今、愛を表現することがあなたの目的なのか、自分の目的を確認してみて、ありたい自分を選択して下さい。自分が間違っていないという理由で、相手が間違っていると判断する理由は全くありません。それは単に善悪の道でしかありません。

 

究極的な観点からいえば、あなたという小我には、問題を解決する力はありません。どんなささいな事であれ、例外はありません。あると思い込んでいるだけです。では「問題を解決したい」という、現に今ある自分の欲求にはどう対処すればいいのでしょうか。

 

あなたの欲しい(手に入れたい)状況を明確にし、(これだけが自我に出来ること)宇宙(大いなる私)を信頼し、その結果は宇宙に委ねてみて下さい。これだけが小我の最も有効な働かせ方です。あなたには力があります。私とは宇宙には一人しかいないという事を「信じる力」です。結果を産み出す力は、大いなる私の力です。これが欲しいと、欲しいものを明確にする力が小我のものです。その事にあなたのエネルギーの全てをつぎ込んで下さい。どのようにして結果を出すのかという想念の無駄使いを止めることです。

 

「大いなる私」に結果を委ねる代わりに、「どんな結果も受け取ります、恨みや後悔なしに」という心構えが必要です。ここであなたにとっての問題は、その時予想される(あなた独自の予想)最悪の結果でさえ受け取れるか否かという事になります。委ねられないのはその最悪の結果では困るというときです。この時自我は困って、自分で解決しようと働き始めます。「小我には何一つ問題を解決する力なんかないのだ」という事を最終的に思い知らされるまで、自我は働き続けます。  あなたという小我はこれまで何一つ問題を解決した事はないし、何かを達成した事もありません。そんな事は不可能です。何故ならその力を持っていないのですから。小我であるあなたに出来る事は「こうありたい」という結果をイメージする事、それだけです。小我の観点から見た場合、後の事はそうなるかもしれないし、ならないかもしれません。結果は神のみぞ知るという事になります。

 

でも何が起ころうとあなたは欲しい結果をイメージし続ける事は可能です。今そこに欲しくない結果が訪れたとしてもです。あなたがその途中のどんな欲しくない結果に出会おうとも、あくことなく欲しい結果を純粋にイメージし続けさえすれば、やがて、いつか、どこかの時点で、必ずその結果はやって来ます。あなたは欲しいものを手にします。あなたこそが「大いなる我」であるからです。「だめだった」という判断は不要です。それはだめだったという訳ではなく、その時点では「大いなる我」の観点から見てそれがベストであったというだけです。小我の観点から見ればそれは単なる途中経過点に過ぎないのですから、小我であるあなたのする事は、その途中結果を握りしめず、観察の流れの中に流し去り、欲しいイメージを抱き続けていくことです。必ずその結果はやって来ます。

 

役に立たないのは、途中の経過点を見て、「これではいけない」と、何かを否定してしまうことです。これまでの成長の過程の中で「それじゃだめだ」と何度も何度も否定され、そして否定してきたからです。小我の判断癖が解決を遅らせます。
 

ちょっと想像してみて下さい。自分の思いが必ず実現することを100%信じ込んでいる人がいるとします。その人は、自分のイメージと異なった現象を目にした時、それを結果だと捉えるでしょうか、それとも結果へ向けた進行中と捉えるでしょうか。100%信じている人の目には、自分のイメージと異なる現象は自分の願望の進行過程にしか見えないはずです。

 

時間の中にいるという観点から飛び出して下さい。地球という固定した世界の中で時間が過ぎて行くという世界観から、自分を空間の旅人という世界観において下さい。時間が過ぎていく世界に住んでいる人は、その限られた時間の中で何かをやろう、成し遂げようと発想します。実際には時間などというものはなく、あなたは目に見えないあなた専用のUFOに乗って空間の中を移動中です。あなたは自分の内面世界を絶えず移動し続けているために、自分が移動している事を忘れ去っています。あなたはあなたの見ている世界の旅行者に過ぎないのです。そしてあなたは今は単にその移動率の事を時間として認識しています。その誤解によって、絶えずあなたは今を無駄にせず何かをやろうと発想がわいて来るわけです。

 

そしてこんな話を聞いたとき、人はこの話を理解しようと努めます。そしてこの話を使おうとは致しません。あなたはアメリカに旅行に行くとき、そこでは何に努めますか。きっと見学することにだけ意識を向ける事でしょう。もちろんそこで何かをやることも出来ますが、それはあなたにとってどうでも良い事のはずです。それが本当であるかどうかわからなくても、その考え方を試してみる事は出来ます。どうぞ一度試してみて下さい。「私は今、自分の内面空間の見学旅行中である」という考え方を。そしてもしその事によって以前よりも幸せの度合いが増えるのであれば、その考え方をその間だけでも採り続けてみて下さい。

 

地球は丸いという新たな世界観に立ってスペインを出発したコロンブスは、この海の果てに向けて進んでいけば、大陸の反対側のインドへたどり着くと信じて船出しました。そして彼にとって到着した世界はインドでした。そのコロンブスの誤解を笑う人は一人もいません。彼がそれを信じていたからです。あなたがゴールと思ったところだけが結果です。

 

あなたが、ありたい自分をはっきりとイメージしている時、あなたはその自分へ向けた宇宙の旅人となります。そしてその宇宙船の船長が大いなる私というわけです。あなたは自分一人乗りのUFOの中で大船長にその操縦を任せ、豊かな自分創造の旅を満喫して下さい。あなたのする事といったら、ありたい自分をイメージする事だけなのですから。ちょうど海外旅行へ行こうと決めたあなたが、ツアーコンダクターにその全てを預け、ただその旅を楽しむように、あなたは自分専用の宇宙ツアーを楽しんで下さい。

 

イメージ通りのものだけがあなたにとっての結果であり、そうでない瞬間は移り変わる旅の景色に過ぎません。こんな新しい観点を手にして下さい。そうしたら世界が変わって見えてきます。今あるがままの現実の中で、今までと違った現実を体験し始めます。解決しようと頑張らなくても良かったのだとわかります。それがあなたの体験です。「小我である私は生かされていたのだ」と、「自分がやっていたわけではなかったのだ」と悟ります。

 

恐れがあると意識はその恐れのエネルギーに引っぱられ、小我の中心に意識が固定化されてしまいます。ふと気がつくと、そんな自我意識の中心で必死に問題を解決しようと働いている自分を発見する事でしょう。

恐れがある限り自我はがんばり、真の問題解決を遠ざけます。そして問題があなたにどんな恐れがあるのかを見せてくれているわけです。恐れを取ることだけが、真の問題解決です。何故なら幸せとは恐れのない状態のことをいうのですから。問題を解決してしまったら、恐れだけが取り残されてしまいます。

問題を解決しようとしないで下さいと言ったのはその為です。問題があるという事を恥じる心に気付いて下さい。その心こそが問題です。問題があるということで、自分の進化の段階を測るのを止めてみませんか。未だに心の片隅で、問題を悪者扱いしている自分を見つけてみて下さい。宇宙は貴方を愛しています。

 

転載終わり

 

 

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